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大阪地方裁判所 平成2年(フ)555号 決定

申立人

甲野三郎

右代理人弁護士

永田雅也

吉木信昭

被申立人

乙川家具株式会社

右代表者代表取締役

甲野一郎

右代理人弁護士

木村保男

的場悠起

川村俊雄

大槻守

松森彬

中井康之

福田健次

主文

本件申立を却下する。

理由

一本件は、申立人が、被申立人について債務超過を原因とする破産宣告を申し立てたものであり、申立人は被申立人に対し債権を有することを一応疎明した。

二しかし、一件記録並びに申立人及び被申立人代表者を審尋した結果によると、次の事実を認めることができる。

1  被申立人は、甲野太郎が個人で経営していた家具販売店を昭和三一年にいわゆる法人成りして設立した資本金一八〇万円の株式会社である。

申立人は甲野太郎の三男であり、被申立人の現在の代表取締役である甲野一郎は甲野太郎の長男である。そして、甲野一郎は、昭和五八年ころ甲野太郎に替わって被申立人の代表取締役になり、一方、申立人も、昭和三五年ころから昭和六二年まで被申立人会社に従業員として勤務し、申立人の妻春子も被申立人の手伝いをしてきた。しかし、甲野太郎の次男で、被申立人の店舗と同じ建物で自転車店を経営していた甲野二郎が昭和六一年一〇月二七日に死亡すると、その後は、申立人がその自転車店を引き継いで経営するようになった。

2  ところで、これまで、被申立人は資金繰りに窮することがあり、その都度、甲野太郎、甲野一郎、申立人ら一族の者が個人資金を提供したり、甲野太郎の妻甲野夏子名義の自宅や甲野一郎の妻(当時)丙沢秋子名義の自宅(いずれも甲野太郎が代金を支払って購入したもの)を売却してその代金を被申立人の資金繰りに利用したりしてきており、これらの資金提供は被申立人の負債として計上されてきている。しかし、これらの一族の者からの被申立人に対する資金提供(貸付け)について、甲野太郎の存命中は、資金提供者が被申立人に返済を迫ることはなく、被申立人もこれらの者に利息さえ支払わなかった。

3  甲野太郎は、昭和六三年五月二日死亡したが、同年三月二三日、和歌山県立医科大学付属病院において、その遺産全部を三男の申立人に相続させる旨の内容の公正証書による遺言をしていた。しかし、甲野太郎の遺産のうち大阪市旭区〈番地略〉の木造亜鉛メッキ鋼板・瓦葺二階建建物(一階床面積254.28平方メートル)のうち一階約七五坪を被申立人が使用していることから、申立人は、甲野一郎に対し、同年七月五日付書面〈書証番号略〉で、被申立人の解散及び解散時までの仕入のストップ等を要求し、土地の評価額の一部として一〇〇〇万円を甲野一郎に支払う旨の提案をした。これに対し、甲野一郎は、申立人に対し、同年一〇月二二日到達の内容証明郵便で右遺言について遺留分減殺請求の意思表示をしたところ、申立人は、平成元年五月三日付書面〈書証番号略〉で、甲野一郎に対し、被申立人の解散又はその土地の引渡しを条件に、甲野一郎の遺留分及び被申立人の借家権の評価額の合計として三〇〇〇万円を支払う旨の提案をなした。

しかし、甲野一郎は右提案を受け入れず、その後も、甲野太郎の遺産をめぐる申立人と甲野一郎との間の紛争が解決しないままでいたところ、申立人及び甲野夏子は、いきなり被申立人を債務者とする仮差押えの申立てをし、平成二年九月一一日、被申立人を債務者として前記貸付金の内金(履行請求をしていなかったため将来の請求債権として構成)を被保全権利とする動産仮差押えの決定を受け、翌一二日、被申立人の商品等に対し仮差押えの執行をしたうえ、同月一四日付翌一五日到達の内容証明郵便〈書証番号略〉で、被申立人代表取締役甲野一郎に対し、申立人らの被申立人に対する前記貸付金についての弁済を請求し、次いで、同年一〇月五日、大阪地方裁判所に右貸付金及びこれに対する遅延損害金を請求する訴訟を提起するとともに、同月八日、本件破産申立てをした。

なお、甲野一郎は、申立人及び甲野夏子を相手方として、同年一二月六日ころ、大阪家庭裁判所に、遺産分割調停の申立てをした。

4  ところで、被申立人は、昭和四〇年ころから生じた欠損金がその後も解消されないまま営業を継続してきたが、最近数年間は収入と支出が大体均衡した状態が続いており、申立人からの請求分以外には債務の支払を遅滞したことはなく、営業自体は破綻することなく継続している。そして、被申立人の三五期決算報告書によると、平成三年四月三〇日現在の資産合計は二七三六万四九四六円(申立人は時価により評価替えすると一〇〇〇万〇九一七円であると主張する。)、負債合計は四七一八万三四七五円(同じく申立人は五七四〇万七七六〇円であると主張する。)であり、一九八一万八五二九円の債務超過(同じく申立人は四七四〇万六八四三円であると主張する。)となっているが、右負債額の中には甲野太郎に対する短期借入金として三二九万五〇〇〇円、同人に対する仮受金として六万七五二〇円、同人に対する未払金として九万円、申立人に対する仮受金として三一七万九三二五円、申立人に対する長期借入金として四九万七二四六円、甲野夏子に対する長期借入金として一二四二万四〇〇〇円、丙沢秋子(実質は甲野一郎)に対する長期借入金として一二四二万四〇〇〇円、甲野一郎に対する未払金として三〇万〇七一〇円が計上されており、これら一族の者に対する負債額を合計すると、帳簿上三五四三万三八〇一円に達し、その余の負債額は帳簿上一一七四万九六七四円にすぎない。

三以上の事実、特に、申立人は、甲野太郎の遺産の相続をめぐり被申立人代表者である甲野一郎と紛争が生じていること、申立人は、その争いの過程において、遺産である建物を使用している被申立人が解散するかその敷地を明け渡すことを条件に金銭解決をする旨の提案をしていたこと、甲野一郎が右提案に応じなかったところ、申立人は、貸金請求訴訟の提起とともに本件破産申立てをしてきたこと、被申立人は営業自体は破綻していないことなどの事実を総合勘案すると、本件申立ては、申立人が、相続により取得した不動産の支配を完全に確保するとともに、遺産をめぐる紛争で優位に立つことを目的としてなしたものと認めざるをえず、そうすると、本件破産の申立ては濫用というべきであって不適法である。

四以上のとおりであるから、本件申立てはこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官森一岳)

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